あらすじ
両親を亡くしたことでこころを閉ざしてしまった主人公の青山霜介は、水墨画の展覧会で水墨画の巨匠、篠田湖山と出会い弟子入りすることになる。篠田湖山の孫である千瑛は猛反対し、2人は来年の湖山賞で勝負することになってしまう。
主人公は水墨画に向き合うことで、だんだんと生きる意味を見出していく。
水墨画の美しさ
とにかく水墨画の美しさが印象に残っています。動画をみたわけでもないのに、筆や体の動き、水墨画のイメージが頭に入ってきます。水墨画に触れたことのない人間にもわかるような丁寧な描写をされていたためでしょうか。
この本の著者である砥上裕將先生は、水墨画家だそうです。
とにかくやってみる
できることが目的じゃないよ。やってみることが目的なんだ
これは、水墨画なんて自分には書けないという青山君に対し、湖山先生がかけた言葉です。初めての指導でこの言葉をかけられた青山君は言葉の理解ができませんでした。
しかし、物語の終盤になると、
今いる場所から、想像もつかない場所にたどり着くためには、とにかく歩きださなければならない。自分の視野や想像の外側にある場所にたどり着くためには、歩き出して、何度も立ち止まって考えて、進み続けなければならない
と、言葉の意味を理解します。
青山君の成長を感じるとともに、自分自身も見習わなければならない言葉だと思いました。なにか新しいことを始めるときには、失敗を恐れてどうしても尻込みしてしまいます。しかし、恐れずに新しいことを始めないと成長はできません。
天才とは
青山くんは、自分にも水墨画が描けるようになるとは全く思っていませんでしたが、その上達のスピードや呑み込みの早さでまわりを驚かせました。
これは、湖山先生からまず始めに水墨画の楽しさを教えてもらったことが大きいのではないかと思います。
もし子供のように無邪気に描ければ、その人は天才になれるよ。失敗することが楽しければ、成功したときはもっと嬉しいし、楽しいに決まっている。
湖山先生はこの言葉の通り、水墨画自体を楽しめるように青山君を指導していました。
僕はもう独りではない
僕は自分の傍にいる誰かが幸福であることや、たくさんの笑顔の中に佇んでいられることが、ただ幸福だった。湖山先生も同じ気持ちで絵を描き続け、伝え続けてきたのだろうか。僕はもう独りではなかった。
物語のクライマックスの文章です。人々はお互いにつながっていて、たった一つの線を結びあって生きています。湖山先生はこの流れの中に青山君を組みこんでくれました。題名の意味は、ここにあったのです。
全体の感想
この物語は、ただ単純に主人公が水墨画の腕を磨いていくだけのものではなかったです。もちろん水墨画の美しさは見どころのひとつだと思うのですが、主人公が水墨画を通してこの世界とつながっていくところが大きなテーマであり、引き込まれるポイントだったのではないかと思います。感動して何度も読み返してしまいました。まだ読んでない人には、強くおすすめしたい本です。